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万人の知恵CHANNEL【第19回】なりたい自分に近づいていくには? 〜何を基底に生きている?〜

インタビュアー:万代宝書房代表 釣部 人裕氏
ゲスト:アーティスティックコミュニティ代表 工藤 直彦氏

収録:2019年10月22日

どうしたら、倫理を基底に生きていけるようになれるのか?

釣部:はい。皆さん、こんばんは。万代宝書房、万人の知恵、「工藤直彦氏が語る!」が始まります。今日もよろしくお願いいたします。

工藤:こんばんは。よろしくお願いします。

釣部:メインゲストに工藤直彦さん、そしてギャラリーの方、たくさんに来ていただいております。ありがとうございます。はい。ではまず、工藤さん、自己紹介お願いしたいと思います。

工藤:はい。いつもお世話さまです。工藤と申します。音楽事務所やりながら、哲学の塾なんかやっています。

釣部:はい。ありがとうございます。最初ちょっと宣伝になってしまいますが、このチラシですね。チラシがありますが、工藤さんとの対談が本になるということで、これは第一回目の対談が本になっております。アマゾンで購入できます。ぜひね、購入いただいて文字で読んでいただければと思います。

万人の知恵その1

スタッフの方、ちょっと、あとでコメント欄にこのアドレスを入れていただければというふうに思います。よろしくお願いいたします。

はい。では、内容に入っていきたいと思うんですけれども、今日、工藤さんに質問したいことがありまして、実は、われわれ倫理をね、学んでいるんですけれども、倫理というのは、これが第一回目にありましたけど、「純粋倫理」ということで、「守れば幸福になる生活の法則(すじみち/くらしみち)」、そして、よくね、「倫理を基底に生きる」っていう表現があるじゃないですか。

純粋倫理守れば幸福になる生活法則

 

これもまた『万人の知恵 その一』で使った図ですけれども、これまた、スタッフの方コメント欄の方に3つ入れてください。この中にありますけれども、経営というのがあって、その中に倫理があるんじゃなくて、倫理という、「純粋倫理」が基底にあって、ほかの家庭とか社会がありますよという考え方をしましょうというふうに学んでいるわけですけれども、実は前回の収録のときに、気が付いたことがありまして、僕の中で。結構ショックだったんですよ。

倫理の中に経営を入れる図

 

工藤:何に気付いたの?

釣部:僕はヒマナイヌスタジオで、この「万人の知恵」というコーナーと、あともう一つ冤罪の方の刑事司法の番組を持ってるんですが、刑事司法の方の番組やるときって、モードチェンジがないんですよ。そのまんま入ってきて、テーマがありますから、今日はこのテーマって言って話すんですね。

ところが、前回の収録のときに、ここに来る3時間前に、「あ、モードを工藤さんに合わせないと収録できないぞ!」と思ってしまったんです。その時に、「今までじゃない自分で3時間過ごさないと」って思ったときに、「あー、僕は倫理を基底で生きてないんだ」と。

「ベースにないから、わざわざ持ってくるんだ」っていうのを思っちゃったときに、人には言ったり聞いたりしてますけど、「純粋倫理を基底に生きる」って言うけど、「自分は生きてないぞ!」と思っちゃったっていうのがあって、今日、それについて少しお聞きしたかったんですよ。

工藤:なるほどね。

釣部:まず、そういうのってありますよね?

工藤:普通はみんなそうだと思いますよ。

釣部:工藤さんと話すと、いつも何か相談しても質問しても、「純粋倫理ではね」とか、「しおりにはこう書いてあるよね」っていうふうに、全部そういう例えで答えてくれますよね。何を聞いても、どこを切っても工藤さんは、「純粋倫理」から答えが出てくると思うんですよ。だから、基底にあると思うんですよね。

工藤:あるんですかね?

釣部:どうなんでしょうね。僕はそう思うんです。自分は? っていうと、あるときもあるし、ないときもあるし、なんか倫理モードみたいなのが、どうしてもあっちゃって、我儘(わがまま)はいけないって言いながらも、「なんかムカつく」とか思って、気が付くときは、「そうじゃないんだ! 我のままに思わんと気が済まない心じゃないんだよな」って思って思い直すんですけど、思わないときはビューっと血圧上がるような感じになるんですよね。

どうしたら、倫理を基底に生きていけるようになれるのかなっていうのが一番の疑問なんですよ。

工藤:なるほどね。やっぱり四六時中考えてることでしょうね。例えば、冤罪ずっと頑張ってらっしゃったじゃないですか。冤罪関連のね。ああいったことに、四六時中考えてたわけですよね。いつも頭の中それでいっぱいだったんですよね?

釣部:はい。

工藤:だから、いつも頭の中いっぱいのものが出てくるのは当然のことで。だって、周り見てても何かでいっぱいになっている人って、必ずそのことで切り口にしてきますよね?

釣部:うん。

工藤:例えば、良い例えかどうかわかんないけど、受験勉強でいっぱいいっぱいの子どもをちょっとイメージしてみてください。大学受験でいっぱいいっぱいで、もうキーキー言ってる子いるじゃないですか。

「いや、そんな時間ないんだよ。すぐ行かなきゃいけないんだよ。学習塾行かなきゃいけないんだよ」とか言って、基底が狂ってますよね。だから、いつもそのことを考えていることが、やっぱり表に出やすい。だから、いつも「すじみち」のことを考えているかどうかだと思いますよ。

釣部:それはやっぱり思おうとする努力ですよね? 日々の。

工藤:思おうと? そうなのかな?

釣部:そのうちに自然と思うように。

思うだけじゃなくて実践です

工藤:思うだけじゃなくて実践ですよね。

釣部:実践?

 工藤:いつもちょっとした日常の所作とか動作も「すじみち」にかなっているかどうかを、意識しながら暮らし抜くことですよね。それが「すじみち」に則ってるっていうような暮らし向きが、1分1秒寸分もたがわず、いつも離れずあるんであれば、それは倫理の人になってるわけじゃないですか。

その人がやることが、倫理的になってくわけで、これは倫理的にやってみようって考えているうちは、まだ取り入れてる感じですね。

釣部:そうですね。

工藤:そう。だから、自分がまず倫理の人になるっていうこと。倫理の人になる。一時も離れず倫理とあるっていうこと。

釣部:それにはまず、知るっていうとこも大事ですよね?

工藤:知るのも大事ですね。知らなきゃ実践できないですからね。ただ、知るっていろんな国家天下のこととか、立派なこととか、あんま要らないと思うんですよ。例えば、誰かに会ったらこちらから元気に明るく挨拶するとか。

当たり前のことなんですけれども、なんか仏頂面で「おう!」とか言っちゃったりすることあるじゃないですか。そうじゃなくて、ニコッと笑って「お疲れさまでーす!」って最初に言うって決めているとかね。

あと、家に上がるときには、靴をちゃんと手で揃えて上がると決めているとかね。そんなようなことを日常生活の中で、きちんと守っているかどうかですよね。

釣部:よく「倫理」では、「知るとやる」、実践。わからなくても良いから実践しなさい。そうすると、わかっていくよっていうことがありますね?

工藤:ありますね。ただ、知らなくてもまず実践しなさい。わからなくても良いからっていうのは、その理屈がわからなくても良いからっていうことで、やるべきことの引き出しは多くないと話になんないですよね。

何をして良いかわかんなかったら、何をして良いかわかんないわけで。そのやることに対する意義付けとか、その意味とかは別にあとから知ればいいだけ。だから、実践項目の引き出しは、多ければ多いほど良いんじゃないですかね。 

釣部:最初は一つからとか、「おはよう」って言うから。

工藤「おはよう」って目が覚めたらパッと起きることから。

釣部:そういうのが当たり前になってくると、またもう一つ、もう一つと。

工藤:そうですね。少しずつ。慣れないときは、一つひとつが違和感とストレスがあるじゃないですか。だから、そんなに一杯はできっこないですよね。でも、習慣になってきちゃうと、もう意識しなくて済むのでできますよね。

釣部:ただまあ、ほんと「おはよう」っていうところから始まる人もいれば、「いただきます」からの人もいるし…。

工藤:もう、何でも良いと思いますよ。「日常の足元の実践」って僕ら言うけどね、日常的なことからやるようにする。

釣部:工藤さんは、倫理入って最初に何をされたんですか?

工藤:僕ね、最初の10年ぐらい勘違いしていたので、あんまりやってなかったですよ、実践って。

釣部:じゃあ、お勉強はしてたけども。

工藤:そう。理屈を頭に詰め込むのは、もともと得意なので、そっちばっかりやっていて、でも、具体的な実践っていうのは、そんなにはやってないんじゃないかな。

釣部:それは(豊島区倫理法人会の)会長時代も?

工藤:もちろんです。

釣部:あと、東京都の幹事長もされましたけど…。

工藤:そうですね。幹事長ぐらいのところからじゃないかな、もしかしたら。だから、この10年ですよ、たぶん。僕20年弱やってんだけど、最初の10年間は、屁理屈小理屈ばっかり頭に詰め込んでて、だから、何聞かれても答えられるんですよ。理屈は頭に入っているから…。でも、じゃあ、実践はどうっていわれると、ほんとにやってる実践ってどのくらいあんのかなって言うと。

釣部:じゃあ、基底にあるふりをしてるみたいな…。

工藤:そうそう。で、知識武装することで、俺はこれでいいんだって思ってる。

釣部:うん。

工藤:たぶん、そういう勘違いしている人がものすごく多いの。99パーセントそうだと思う。

釣部:うーん。じゃあ、逆に言うと倫理を学んでいなくても、わからなくてもなんかできちゃっている人っていう方もいらっしゃいますよね。

工藤:いっぱいいると思います。

釣部:気持ちよく挨拶される方とか、ゴミ拾っている方とか。

工藤:そうそう。

釣部:あと、それが心から思っているとか、自然にできるっていう・・・。

工藤:自然にできるってことでしょうね。だから、やっぱり「三つ子の魂百まで」じゃないけど、やっぱり親の教育ってすごく大事だと思いますよ。

釣部:うーん。

工藤:だって、挨拶を怠っただけで叱る親って、やっぱりきちんとしていますよね。

釣部:はい。

工藤:朝会ったら、「朝はおはようございますから始めなさいって、何度言ったらわかるんだ」と、きちんと教えている家の子は、世間さんに出たときだって「おはようございます」ってこっちから言うに決まってますよね。

ね? 例えば、ダイニングでご飯食べているときに、「食べ終わったら椅子はちゃんと机の中にしまいなさい。テーブルの下に入れなさい」って、もう物心つく頃から教わっている子は、外に出ても自然とそうするに決まっていますよね。でも、それ教わってない人はできないじゃないですか。

だから、やっぱりそういう家庭教育。小っちゃいときにどういう躾を受けているかってすごく大事だと思う。「靴脱ぎ散らかしっぱなしでだめでしょ。ちゃんと揃えなさい」って言われて育った子は、別に倫理法人会入ってる関係ないんじゃない。できるじゃない。

釣部:僕も肘ついてご飯食べると、すごい怒られて、肘パーンってはねられたので、肘ついてご飯食べるともう気持ち悪いし。

工藤:そうでしょうね。

釣部:人がそれやっていると、やっぱりちょっと嫌だなっていう気持ちになって、注意する人と注意しない人と、僕はまだいますけれども、そんな感じで、倫理で言う「十七カ条」だったり、ほかのものがあって、その原則を常に思い出して。

工藤:そうです。

できないことと向き合う!

釣部:で、実践できないこともありますよね?

工藤:あります。というか、できないことの方が多いというか、できないことばっかりじゃないかな。

釣部:そういうときは、できないなっていうことを受け入れるんですか?

工藤:っていうか、できないことをまず認知すること。

釣部:あ、自分はできないんだと。

工藤:うん。

釣部:はい。

工藤多くの人ってできないことをスルーすることによって、できないことと向き合ってないんですよ。「あ、それ俺関係ないし」って言って生きてんですよね。つまり、向き合ってないんですよ。「あ、俺こんなこともできないんだ」って認知をすることから始める。だから、できないことだらけですよね。

釣部:倫理ではね、「朝起き※1」というのが、早起きとは違うっていう。理屈ではわかりますけど、ちょっと勉強すれば。最初は、「朝起き」と早起きの違いもわからない。

工藤:わかんないですよね。

釣部:早く起きてれば「朝起き」※1でしょって思っている。言葉もいい加減に聞いているから。だんだんわかって、じゃあ、目が覚めたらすぐ起きるんだよって。今度じゃあ「何時から朝ですか?」とか考えたりしてて、今は大体「朝起き」…。

工藤:まあ、目が覚めたらパッと活動を始めましょうって。

釣部:だから、3時のときもあれば、4時のときもあれば、7時のときもあればで、もう今はあまり苦にならなく。たまにもう一回寝ちゃうんですけど。ああ、できなかったなっていうと、やっぱり前の日の生活に何かがあったりしながら。そういうのを繰り返しながら、実践項目を何気にコツコツ増やしていく。

工藤コツコツひとつずつ当たり前にできるようになってくだけですよね。一気にいっぱいやろうとしても消化不良になるから、ひとつずつ、ひとつずつできるようになって、これは意識しなくても当たり前にできるようになったなっていうぐらいになってきたら、次に次にという具合にやってかれると良いんじゃないですかね。

釣部:倫理法人会では、週に一回自分の地元のとこに行って集まると、やっぱりテンション上がるし、あっと我に返りますよね。やっぱり一週間に一回リセットして、「あ、忘れてたな」とか、「できてなかったな」とか、そして体験談を聞きながら、「これできてないな」っていうのを、できない自分を確認しに行ってるみたいな。

工藤:そうですね。できないことと向き合わないことには始まらない。

釣部:人生がうまくいかないこととかあるじゃないですか。

工藤:はい。

釣部:それってやっぱりその人の特徴的なできないこと、もしくは、向き合ってないことを…。

工藤:…がそれが表に現れて苦難として現れているだけ。

釣部:うん。

工藤:なにか自分がどうしてもママならない。どうしようもないところがあって。で、多くの人は蓋してごまかしているか、見ないようにしているか、スルーしているわけですよ。それに向き合うと辛いじゃないですか。

だってできないこと、自分のウイークポイントだから。ね? でも、多くの苦難とかままならないことっていうのは、その自分がごまかしてることが起因しているんですよ。だから、それと向き合うっていうことをきちんと始めないと。

釣部:だから、倫理に入ったら、苦難が増えたって言う方いますよね。これは気が付かなかっただけだと。

工藤:苦難は増えてないんですよ。苦難に対する感受性が豊かになってきた。それは、素晴らしいことですよね。

釣部:工藤さんは僕の過去もいっぱい知ってますけど、要は冤罪被害という中で生きると、やっぱりいじけ根性が出てきたりっていうのは、やっぱり基底が、どうせ人は人を売るんだとか、裏切るんだみたいのが基底になっていたから、すべてそういうふうに見てしまう。それがだんだん入れ替わってきている。努力した気はないんですよ、あんまり。ただ、倫理法人会にいて、役職が付いたりすると何か起きるんで…。

工藤:ご自身はそれほど意識なくても、何らかの倫理的な実践の数が増えてきているんですよ。だから、もともと倫理を取り入れなきゃって思っていたのが、倫理がベースになりつつあるんじゃないですか。

釣部:うーん。今日は収録あるときに、また、何時間か前に、「あ、俺思うな」と思って、前回なかったので、「よし、今日は思うのやめよう」と思って、ただ、何を話すかだけは、ちょっと整理しようということだけで努力してみて、こういうのを僕にとっては、重ねていくことで、毎回チェックできるわけですよね。モードチェンジしようとしたか、しなかったかっていう。

たぶん、これでモードチェンジもしないで来ると、もっとわけわかんないやり取りになるんでしょうけど、だんだんね、モードチェンジなく来れるようになればいいのかなというふうに思うんですよね。たぶん、けっこう皆さん気が付かないで、基底になってない…。

工藤:うん。なってない人ばっかりじゃないですか。

釣部:で、倫理的なこといっぱいおっしゃるけど、実はできてない。

工藤:できてないでしょうね。

釣部:僕、今日朝ちょうど練馬区で講話があったんですけど、ひとつ「病気になっておめでとう※2」っていうのが一行目にあるじゃないですか。その話をして、それは自分が思うことだから、他人にはわざわざ言う必要はないですよっていうふうに僕は話たんですけど、やっぱり中に、「書いているだろ、しおりに。お前病気になったんだからおめでとう」とかって、平気でメール送って来たり…。

工藤:ああ、いますよね。

釣部:そういう人がいて、ちょっとそれ違うんじゃないかなっていう話を今日はさせてもらったんですけど。

工藤:そうですね。

釣部:もし、わかんなかったら、「書いてあるのどう?」って聞くぐらいはいいかもしれないんですけれども、結局自分が変わるかどうかっていうことだけですよね。

工藤:そうね。

釣部:ちょっとこれを基底に、倫理を基底に実践ということで、ぜひ皆さんも「小さなことからコツコツと」ということで実践していただければと思います。では、一本目、これで終わりにします。工藤さん、どうもありがとうございました。

工藤:どうもありがとうございます。

【用語解説】
※1 早起きと朝起きの違い
ただ、早い時間に起きるのは早起き。朝起きは、もう少しだらけたい、面倒くさいなどのワガママがなく、ためらいなく、目が覚めたら、機嫌よく喜んでサッと起きあがること。

※2 病気になれば「おめでとう」について
倫理運動の創始者・丸山敏雄が、長年の研究と数多の実践・体験を通して抽出した十七カ条「万人幸福の栞」の書き出しを以下に引用します。
————————————–
苦しみを喜んで迎え、病気になれば「おめでとう」という時代が来た。
それは、苦難は幸福の門であり、万人が必ず幸福になれる絶対倫理が現れたからである。
それは、宗教でも、主義でも、学説でもない。実践によって直ちに正しさが証明できる生活の法則である。(中略)
昭和24年7月25日
————————————–

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