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万人の知恵CHANNEL【第25回】夢と目的・目標は何が違うのか? 〜夢が叶えば幸せになるのか?〜

インタビュアー:万代宝書房代表 釣部 人裕氏
ゲスト:アーティスティックコミュニティ代表 工藤 直彦氏
山城屋 代表 花の木ランチ部経営 今井 淳一氏

収録:2019年11月18日

目標とか目的は、第三者の目を
気にしがちな傾向がある!

釣部:はい。皆さんこんばんは。万代宝書房、万人の知恵チャンネル「工藤直彦氏と語る」の時間になりました。今日はゲストに今井淳一さんに来ていただいております。まず、工藤さん自己紹介をお願いいたします。

工藤:はい。いつもお世話さまです。音楽事務所やりながら哲学の私塾を運営しております工藤でございます。よろしくお願いします。

釣部:よろしくお願いいたします。今井さん自己紹介お願いします。

今井:はい。こんばんは。今井淳一と申します。(埼玉県)八潮市倫理法人会で昨期まで2期会長を務めておりました。今は新高円寺で飲食店「花の木」をランチだけ間借りで営業しております。よろしくお願いいたします。

釣部:よろしくお願いします。また、今日はギャラリーにたくさんの方、来ていただいております。どうもありがとうございます。はい。では、今日は今井さんが質問があるということで…。

今井:はい。そうですね。

釣部:じゃあ、質問をどうぞ。

今井:工藤さんにちょっと質問があるんですけれども…。

工藤:はい。なんざんしょ?

今井:僕は今年58歳なんですが、5年ぐらい前から自分の人生の夢というのを、こんなものが夢と言えるのかと自分自身思い悩みながらもですね、そっちの方向にちょっと人生の舵を切ってみようと思い始めたことが実はありまして。

例えば、目標とか目的とか、人によってそれは夢じゃないとか、言われるようなことなのかなと思っていたんですが、まずはそれが僕の夢であると思っているところをちょっと快刀乱麻を断つようなかたちで解説して、それは果たして夢と言えるものなのかどうか、もしくは、夢というのは本来こういうものなのかというようなところを教えていただきたいと思って…。

僕の感じている夢というのはですね、実は父が飲食店を経営しておりまして、以前していたんですが、今から20年ほど前ですね。土地を悪質な金融業者に巻き上げられて倒産して、その半年後に体に転移したがんが原因で他界したと。

その土地をですね、僕は取り戻したら父が喜ぶんじゃないのかなと、ある時その店の前を通った時に、いつかは僕も死ぬと。死んだ時に親父が手放してしまった、戦後高度成長の時代、一生懸命稼いで手にした土地を取られてしまった無念の中で死んでしまった、その土地をですね、僕は「今井淳一」と登記簿に名前を書いてというのをあの世にですね。

酒の好きな父だったもんですから、そんな話を土産話としてですね、あの世に持って行けたら楽しいだろうなというような、そんなことを考えているんです。で、人生の舵をそれで僕は飲食店を経営ということに切りまして、それで今5ヶ月が経つんですけれども、自分としては、その夢に向かって生きていると…。非常に充実感があって、達成感を毎日感じているんですが。

釣部:では、話を2つに分けて、まず、夢と目的・使命とはどう違うのかというのがひとつと、もうひとつが今井さんのお父さんに対する思いというのは、夢なのかどうかという2つの視点があると思うので…。まず最初の夢と目的や目標との違い、同じなのか。そこをお願いしたいんですけども…。

工藤夢がほんとに目標になっている人は、幸せですよね。まず絶対そうなんですよ。ただ、とはいえその目標ってほんとに夢? よく考えてみると、怪しいなと僕は思っていて。例えばね、営業会社にセールスマンがいるじゃないですか?

今井:はい。

工藤:「今月の売上目標いくらだ!」。この売上目標いくらだという今月の目標というのは、夢ではないですよね。

今井:そうですね。

工藤:つまりね、ちょっと極論なんで申し訳ないんだけれども、目標というのは、真っ新な状態じゃ、たぶん出てこないんですよ。夢というのは、真っ新な状態で自分の胸に宿るんですよ。つまり、誰かとの人間関係とか、組織の論理とか、色々なしがらみというとネガティブに聞こえちゃうんだけど、色々な関連性の中から目標というのは決まってくるんですよ。目的もそうでしょう。

ただ、夢となったときは、これは本当にピュアな自分の少年のようなマインドですよね。子どものような心。うわーと思って、うわーと思ってただ憧れて、これやりたいと思うとか、そういったようなものが夢であって、夢と目標ってそこに違いは感じますよね。

今井:なるほど。

工藤:だから、目標の場合は誰かがその目標を刷り込んだということも結構多いのかなというふうには、私はいつも思っていますね。

今井:そうすると、目標とか目的というのは、第三者の目を気にしがちな傾向があるということですかね?

工藤:そうです。つまり、目標となった時には、達成するかしないかということが出てくるわけですよ。達成した時の社会的な立ち位置の、何て言うのかな、そこのところを意識するわけですよ、目標となった時。ね?

夢の場合は、もちろん叶うに越したことないけれども、夢を持っているというだけで、実は素敵なことなんですよ。でも、目標を持っていますと言った時に、目標が未達に終わったら、それは情けないことに変わるじゃないですか…。

子供の頃の夢と現実の営業目標の比較

今井:まあ、そうですね。

工藤:「あいつ目標っていつも言うけどさ、あいつ達成したことないよね!」と言われると、できない人という感じになっちゃうじゃないですか。でも、夢の場合は叶わなくてもずっと夢を少年の心で胸の中に抱き続けているだけで、十分素敵な話ですよね?

今井:なるほど…。

工藤夢にあえて、日付を振ると目標にはなるんですよ。

今井:誰か言っていましたね。

工藤:そう。だから、そこのところですよね。だから、夢が目標になっている人は、間違いなく幸せだなとは思うんですけれども、多くの場合夢と目標は、僕は違うと思いますね。

釣部:よく営業でね、「営業日本一で表彰されたい。私の夢です!」というのは本来の目標だと。

工藤:思い込むんですよ、それ。誰かが刷り込んでるんです。それを夢と刷り込むのがうまいマネージメント能力の高い人が組織にいるんですよ。得てして経営者はこういうところがあるんだけれどもね。それをインセンティブで釣ってみたりとかね。

でも、その今の話で言うと、セールスで一番になって、全国で表彰受けたいというのであれば、別にセールスで一番になるというのはその人の夢じゃなくて、承認をされたいというのが夢だと思うんですよ。認められたいとか、頑張ったねと言われたいとか、一角の人間だと認められたいというのが実は夢であって、全国一位というのは、あんまり関係ないですよ。そこを上手く刷り込むのがうまい人が、世の中結構いて。

今井:その気にさせちゃうのがうまい。

工藤:その気にさせちゃうのがうまい人がいて、それをその気にさせられても、やられたと思わないでうまくできると、本当に組織は大きくなって、結構大社長になれたりするんだろうなと思うのね。

父の無念を晴らすのは夢?

今井:なるほど。例えばちょっと俗な例で言うと、マンガで「ワンピース」ってあるじゃないですか?

工藤:ありますね。

今井:あの主人公って「海賊王に俺はなる!」って決めゼリフで。あれは夢?

工藤:夢でしょうね。憧れる海賊がいたんですよね。

今井:なるほど。そうですね。

工藤:少なくとも海賊になることで、褒めてくれる人って、もちろんいると思うんだけれども、それってアウトローの人しか褒めないよね。だって、海賊だからね。だから、かっこいいなと思った人がいるんじゃないですかね。ああなりたいなと。

例えば、プロ野球選手になりたい、Jリーガーになりたい、歌手になりたい、女優さんになりたい、モデルになりたい、この手のたぐいは全部憧れからきていますよね。

今井:それはわかりやすい夢ですね。

工藤:だから、憧れからくる夢というのは、申し訳ないけど叶わないことが多いかなと思いますよね。その人の持って生まれた個性(タチ)と、憧れちゃったものというのが、一致していれば叶いやすいんだろうけれども、そうでもないですからね。

今井:ありがとうございます。いわゆる定義というのを僕は知りたいと思って、最初に質問させていただいたんですけれども、定義ってやはりいろいろその言葉に対する定義、例えば国によっても違うとか、例えば「将来」って言葉、アメリカだと「将来」とのは、2~3ヶ月先のことを言うけれども、インドだと1万年先のことを「将来」と呼ぶみたいな、そんな国とか文化によって、その言葉の定義する、イメージをするあれが違う。

「夢」もそうじゃないかなと思うんですね。「夢」というのって、別の角度から考えますと、それを思うだけで、そのことを口にするだけで、何かわくわくしたり、熱くなったりとか、矢も楯もたまらなくなって走り出すような、そういうようなエネルギーがあると思うんです。

「目的」でも多少あるかもしれないんですけれども、「目的」とか「目標」と言うと、何かギスギスした感じがして、先ほどおっしゃったセールスの目標みたいな形になっちゃって、夢とはちょっと違うと思いますよね。

僕も自分ではそれを「夢だ」と思っているそのことを思うと、やはり苦難とか困難とか逆境とか、非常にやばい状況になっても、それ自体が何か輝くというと言い過ぎかもしれないですけど、自分を鼓舞してくれるように見えるんですね。その辺りも夢の定義というか、捉え方としてちょっと違うのかなというのは思うんですけどね。

工藤直彦 今井淳一

工藤夢が叶うということと幸せになるとか、夢がかなうということと成功するということを、同じだと思うと、たぶん辛いと思います。

これ、ちょっと私事なんですけどね。ご存じない方もいるかもしんないですけど、私一応歌うたっているんですよ。歌手なんですよね。ギターとピアノ、そこそこ弾けましてね。ミュージシャンの端くれなんですね。

今は自分が現場で歌うことは少なくなりましたけれども、子どもの頃に歌手になりたいという夢があったんです。中学・高校ぐらいの時は、場末の喫茶店とか、飲み屋でもいいので、弾き語りをしているような人に憧れていたんですよ。

で、実を言うとそれは、とっくに叶っているんですよ。僕、人前で演奏することありますからね。叶っているじゃないですか。じゃあ、幸せかと言うと、どうかな? 成功かなと言うと、どうかな? という感じがすごくあって、逆にその件に関しては、仕事にしちゃったので、音楽事務所にしちゃったので、やればやるほど採算が合わないという、非常につらい状況になってくるわけですよ。あれ? と思うわけなんですよね。

今井:今、伺っていて思ったのは、小さい頃の夢、学生時代の夢が今叶ったけれども、それは必ずしも幸せではないというのは、時間というパラメータが入ってきていると思うんですよね。

というのは、最初何も力もなくて弱かった自分が描いていたものをつかめたら、夢自体も色々なものが、付属物が付いてきて大きくなって、で、それだけじゃないぞと。経済的な満足とか、そういったものも夢を追いかけるプロセスの中で色々なものがガンガンくっ付いてきて、それで幸せじゃないと感じる自分も出てきたのかなと思うんですよね。

 

だから、僕が今思っているのは、先ほどの話に戻りますけれども、その父の失った土地を取り戻したいと。

不動産屋の知り合いがいたので、いろいろ聞いてみますと、数億の価値らしいんですね。それって、まともにやっていても、まあ、トップセールスだとそのぐらい稼ぐ人はいるんですが、自分の身の丈としてどうなのかというのを思っていて。

それを何年か温めているうちにですね、ちょっと違う話になっちゃうかもしれないんですけど、友達にそういう成功事例ばっかりシェアするような会があって、そういうひとつの物の考え方、捉え方、道徳的なものから哲学的なものまで、そういうことを、人生の肥やしになるようなことを実際に体験した経営者から聞く会があるということで倫理に入って、それで2年間僕は会長を務めたということなんですが…。

その時にですね、やはりどうも僕が思っている土地を取り返すってことですね。最終的には父の喜んだ顔が見たいというのがあったんですよね。それをどうも捨てきれずに、結果的に倫理の中の色々な学びがあるんですけれども、それ自体が、最初は僕は全然信じられなかったんですね。

全然信じられなくて、眉唾もののような気がしていて、たまたまうまくいった人たちが集まって、いい雰囲気を醸し出しているだけの会なのかなと思っていたんですが、実際にやると夢を叶えるプロセス、何か目標を達成するためのプロセスには、ひとつの法則があって、その法則を誤らなければ、例えば太陽が東から登って西に沈むように、あたかも当たり前のようにそれをつかむことができるというようなことを、実際に体験したんですね。それとですね、その夢をつかむための手段には、個性(タチ)というのが大事だという。

工藤個性(タチ)大事ね。

釣部個性(タチ)・性格。

今井個性(タチ)。僕は器用貧乏な感じですね。何でもやっちゃうとうまくいくんですけども、個性(タチ)じゃないもんですから、すぐくじけて他のものに手を出すというような人生だった。まあ、悪く言えばですね。そういうふうに反省しているんですが。そういうふうなことを倫理の中で学んでですね、最終的には、今保険業をやっていて、保険業といっても代理店ですね。やっていたんですが、それをやめて、良いんですか? こんな話していて?

釣部:何が質問かということが、ちょっと今わからなくなったので…。

今井:その中で目的と目標ってやはりそこに戻ってくるんですけれども、それは僕の目的であって、夢じゃないのかなと思うんですが、そのことを思うとやはり胸が熱くなってくるんですよね。

釣部:要はお父さまの土地のことは、夢だとご自身では思っていたけど、今の工藤さんのお話でいくと、第三者の思いが絡んでますから…。

今井:そうですね。

釣部:ということは、目的・目標になってしまうということ。

今井:それで今思ったんですけど、そもそもその土地を取り返そうと思ったきっかけというのがあって、僕は父のお葬式の時にですね、その土地を取られて半年後に亡くなった父の葬式の時の喪主のあいさつということで、用意していた文を読み上げた途端に、その先が読めないぐらい号泣して慟哭してしまった体験があったんですね。

その時、もうまるっきり何が何だかわかんなかった。でも、とにかく悲しくて苦しかったんですよね。それは一体何なんだろうと思ったときに、それは今思えば、今工藤さんから言われた、誰かのためにとか、こういうふうにしなきゃいけないというのではなくて、言いようのない自分が父を求める気持ちなのかなと思ったんですね。

その先にあるものは、無念のうちに営々辛苦築き上げたものを手放して、これは息子にあげたいんだという立ち話ちょっと聞いた経験があるんですね。それを渡せずじまいで亡くなってしまった、おそらく無念であっただろうと。

それを僕が取り返したらどんなに喜ぶだろうかな。死んだ時にあの世で酒を酌み交わしながら、そんな話が出来たら喜ぶだろうなというようなことを思っていたんですよね。

「子が親に思う心」と「自分が親父に思う心」は相似形

釣部:ちょっと整理しますと、そのお葬式の時に号泣された、それは父を失った悲しみというのは、純粋ですよね。そこに土地は入っていないですよね。

今井:入っていないですね。

釣部:逆に言うと、それだけ自分にとって大きな存在だったということに、その時気付いて、ぽっかり穴が開いて、悲しいとか、寂しいとか、色々な感情の中で号泣されたと。これがひとつですよね?

今井:はい。

釣部:それに今度後から理由が付いて、お父さまは無念だったろうなという想像で、それで取り返したら喜んでくれるだろうなと自分が思ったという。お父さまが、「取り返してくれ、お前頼むぞ」と言って無念の中でというわけじゃないんですよね。ご自身がそう思ったということですよね?

今井:そうですね。

釣部:その辺、工藤さんどうですか?

工藤:もう、シンプルに「親父悔しかったよね」の一言で良いと思います。だって、取り返すというのがね、ものすごく稼ぐ能力がすごく高くってね、年収が何億もあるひとだったら取り返しゃいいですけれども、本当に取り返すという夢を目標に変えて、目標設定してもうゴリゴリ頑張ってやっていって、仮にゲットできたとするじゃないですか?

今井:はい。

工藤直彦 今井淳一

工藤:その時に何年かかるのか、どれだけの労力をかけるのか。ね? で、あの世に行ってお父さまと酒酌み交わして、「親父、取り返したよ」ってお父さまも喜ぶかなって。「お前そんなことのために、多くの時間と金使って何やってるんだよ?」と言うんじゃないのかなと僕は思うんですよ。それは、ヒントは今井さん、お子さんいらっしゃるじゃないですか。

今井:はい、います。

工藤:今井さんがお子さんにどういう思いを持っているかということがヒントなんですよ。親が子に対する思い。子が親に対する思いというのは、バシッと合うとすごい幸せなんでしょうけど、大体ずれるんですよね。

親はそうは思っちゃいないのに子はこう思っている。ね? 子どもはそうは思っちゃいないのに親はそう思っているというのがあって、自分が子に思っている思いというのは、実は親が自分に思ってくれている思いと、実はほとんど一緒。相似形というんですけれどもね。相似形。

逆に子が親に思う心、自分が親父に思う心、これも同じ。だから、ここをヒントにして考えれば、今井さんんお子さんが、もし今井さんに対して今、今井さんが思っているようなことを、もし思っているとしたら、「お前の人生なんだから、もっと自分なりに考えて、自分がもっともっと幸せに生き生きするようなこと考えて、思い切って生きてごらんよ」と、「俺なんかに捉われるんじゃないよ」と絶対言うでしょ、今井さん?

今井:そこがですね、思っちゃうと言うと、うまくまとまりがつくような気がするんです。

釣部:じゃあ、ちょっと時間になりましたので、これはしっかり扱いたいテーマなので、第二話のほうで、扱いたいと思いますので、第一話はこれで終わりたいと思います。工藤さん、今井さん、ありがとうございます。ギャラリーの皆さんありがとうございました。

今井:ありがとうございます。

工藤:ありがとうございます。お疲れさまです。

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