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万人の知恵CHANNEL【第31回】数値目標が生む認められない心! 〜認められる努力から認める努力へ〜

インタビュアー:万代宝書房代表 釣部 人裕氏
ゲスト:アーティスティックコミュニティ代表 工藤 直彦氏 
収録:2019年12月10日

 

数字・順位にこだわる人。こだわらない人

 釣部:皆さんこんばんは。万代宝書房、『万人の知恵チャンネル』の時間になりました。今日もヒマナイヌスタジオ高円寺からお送りしております。ゲストに工藤直彦さんに来ていただいております。どうもありがとうございます。

工藤:いつもありがとうございます。

釣部:また、ギャラリーに、たくさんの方に来ていただいております。ありがとうございます。では、工藤さん、簡単な自己紹介お願いいたします。

工藤:音楽事務所をやりながら、哲学の私塾とか、そんなことをやっております。工藤でございます。よろしくお願いします。

釣部:よろしくお願いいたします。今日はちょっと僕のほうから、まず質問がありまして…。お仕事でも、あと倫理法人会やっていても、数字というものに対してこだわりが出てきたり、数合わせをどうしてもする。営業であれば今月中に売上いくつであるとか。

もっとレベル低く言うと、Facebookでも「いいね」の数がいくつあったとか。コメントがいくつあったとか。なんかそんなことにちょっとこだわる自分もいたり、周り見るとすごくこだわっている方がいらっしゃって。

ここまでこだわんなくてもいいんじゃないのって思うんですけど。何で人間ってそんな数字にこだわっちゃうのかなと思っちゃったんですよ。というか思っているんですよね。その程度にすごい差があるじゃないですか。その辺ってどのようにお考えなのかなと思いまして。

工藤:人間ってなんで数字にこだわるんだろうというところなんですけれども、人間が数字にこだわるのかな。数字にこだわる人間をつくってきたんじゃないですかね。

釣部:うーん。

工藤:例えば、世界中の国、古今東西見て、いつでもどこの地域でも必ずみんなが数字にこだわっていたかっていうと…。

釣部:そんなことないですね。

工藤:ないでしょう。だから、例えば偏差値教育なのかもしれないし、売上至上主義なのか分かんないけども、何がか私たちの脳みそをそう変えていったんじゃないですかね。

テストの点数イメージ

釣部:それって日本でいうと昔から? でも、中国なんかもすごいですよね。試験だとかの順位だとか。

工藤:そりゃ今はね。

釣部:今は。科挙の時代とかも。

工藤:まあ、確かにそうですよね。

釣部:僕はいつからかと思って。運動会のときの順位が何位かっていうので、親が一喜一憂してたっていうのが、なんか最初の記憶…。あと、幼稚園の劇か何かで主役級か、木だけ、岩だけとかというので、言葉があって演技があると親が喜んでいたというのが、今思うと一番小っちゃいときの記憶かなと思うんですよね。

工藤:認められたいんじゃないですか。認められたい気持ちが強いんじゃない?

釣部:順位が上だったリ。

工藤:順位が高かったり目立ったりすると、認められたというか、褒められるというか。何かそういう価値観があるんじゃないですかね。

釣部:じゃあ、認められない環境であれば、そんなこと関係ないということですよね。

工藤:というか、例えば親であればね、あなたがどんな状況であっても、私はあなたのことずっと応援しているんだからねっていうんであれば、べつに駆けっこで一等取らなくても、テストで一番取らなくっても、学芸会のとき木とか、岩とか、昆布の役だったとしても、別に問題ないですよね。だから、承認する人っていうところにポイントがあるような気するけどな。

釣部:でも、今の日本社会は競争社会であり、営業の方であれば売上だったリ、工場であれば生産の量であったり、その効率だとか順位ということが評価されますよね。

工藤:評価される社会に入ったら評価されるよね。でも、今生きているすべての日本人が評価基準の枠組みの中で生きているとは、僕、思えないんだけど…。

釣部:そうですよね。

工藤:自由な方、結構いらっしゃるじゃないですか。

釣部:そうしたら、自分がそれを選んでいたり、もう子どもじゃないんでね、左右されているっていう。

工藤:うーん。そうなんでしょうね。まあ、職業に関しちゃそういうとこに就職したということですよね。

釣部:工藤さん昔そういう順位の世界の?

工藤:私、証券マンでしたからね。

釣部:すごい何千人の中で…。

工藤:ガチガチのガチガチの数字社会ですよね。

釣部:ですよね。

工藤:嫌いじゃなかったですけどね。

釣部:なるほどね。僕が思い出したのは、僕、教員だったですけど、教員のお子さんで転勤してくると、田舎だと結構優秀なんですよ。そうすると、いじめられたっていうんです。それで勉強しなくなったっていうんですよ。

で、塾にいくといじめられるんです。それで、転勤して札幌に行ったら、自由に勉強できるっていって、成績が伸びたっていう。だからその子の場合は、順位が上であることがマイナスという。

工藤:なるほどね。

釣部:それも逆にいうと、順位の社会で生きているということですよね。

工藤:そういうことですよね。でも、別に順番って気になる? 気にはなりますけど、それがその人の価値のすべてではないですよね。

釣部:どういう? 質問が難しいんですけど、でも、結構そういう社会の枠の中で、自分が生きていこうと思うとちょっと生きにくかったり…。

工藤:生きにくいでしょうね。ただ実際は、数値化できないもののほうが圧倒的に多いでしょ。

釣部:はい。

工藤:例えば、売上とか、学業成績とか、点数化できるもの、数値化できるものね。例えば駆けっことか、タイムとかね。私水泳部でしたからね、水泳もタイム競技ですけれども…。

こういった数値化できるものは競争できるけれども、じゃあ、笑顔一番。評価できないですよね。優しさ一番。評価できないですよね。思いやり一番。これも似たようなもんかな。こういう数値化できないもののほうが、実は生きてく上で大事なことって多くないですか。

釣部:はい。

工藤:だから、そこら辺が分かっちゃった人は、もう別に「あーそうなんだ。あなた勉強お出来になられた方なんですね」で終わり。「ああそうなんだ、物売らせたら日本一なんだ、すごいね」で終わり。だからといって、その人の人格を認めるってことではないですよね。

釣部:そうですね。

工藤:だから、何か優秀なところがあるっていうのを、ただ認識するだけですよね。

釣部:昔、僕らの時代だと、東大の人っていうのはすごい頭良いんだな、すげえな、すげえなってちょっと尊敬したんですけど、最近なら、「ああ、東大ね。勉強できるんですね」で終わっちゃうっていうか。

工藤:というか、東大は卒業生多いですからね。

釣部:はい。

工藤:いや、そこら石投げるとまでは言わないけど、結構東大出身ゴロゴロいるじゃないですか。マンモス大学なんで。だから、別に珍しくないと思いますよ、だから。すごいのかもしんないけど、だからどうなのっていう。

釣部:でも、結局会社員でいて、いくならやはり成績というのも見ながら。バランスですかね。その中で、でもやはりお給料もらって。

工藤:成績が良いって、売上とかね、営業成績が良いっていうことは、確かに組織の中では大事ですよ。でも、営業成績が良い人間が、じゃあ、優れたマネージャーになるかっていうと違う話でしょ。

釣部:違いますね。

工藤:ね? やらなきゃいけないことが違うんだから。だから、人を育てるとか、人をうまく使うとかっていう能力と、契約を取ってくる能力って、もちろん近いところもあるんだけれども、100%一緒じゃないじゃないですか。

だから、売上が高い人には売ってもらう。マネージメント能力が高い人にはマネージメントをしてもらうというようなすみ分けって、実は昔に比べて今出始めているんじゃないですか。

釣部:そうですね。旭化成でしたっけ、ノーベル賞もらった方が、研究者として良いけど、役職上にならなかったという。部長とかにならないで、フェローだかっていう研究の道だけでいって、「自分は研究職だから、そういう組織の中でいくと自分はだめになります」と言って…。

会社も認めてそういう役職でやっていくというの見て、すごい会社だなと思って。あの辺を見て日本の国も組織のヒエラルキーの中から、トップじゃなくてそれぞれの分野で一位、素晴らしいというのを評価する社会になってきているのかなと思うんですけれども…。

工藤:なってきていると思いますよ。なってきているじゃないですかね、やはり。

釣部:今、そういう部分とそうじゃない部分と、両方混在しているって社会ですかね。

工藤:それぞれの方々の意識の差。そういう数字争いのところに価値を見出さない生き方を選んだ人たちにとってみたら、「え? 今日本ってそうなの?」みたいな感じだと思う。

でも、相変わらず数字ありきで生きている人たちからすると、それが絶対で。でも絶対ではないんだけれども、本人はそれが絶対だと思っている。ね? 例えば、全社でナンバー1セールスマンだとする。

うちの社員は全部俺が飯食わせてやっているんだぐらいに思っている。だから、俺は社長になるべきだ。実は冷静に考えると、「なに言ってんの?」って話なんですよ。ね? 一番の売上を誇っているんだったら、ずっと売っててくださいって話でしょ。

釣部:はい。

工藤直彦、釣部人裕

工藤:「俺は認められるべきだ」だから、「売上が高いってことは認めてますよ!」って。なのに、「俺は全社ナンバー1セールスなんだ。だから、息子よ、俺のこと尊敬しろ!」って言うの。「女房よ、俺のこと崇め奉れ!」勘違いも甚だしいですよね。

それって悪いけど、子どもの頃駆けっこ一番だったとか、ちょっと偏差値が高かったとか、学芸会で主役やったとか、その程度のもの。自分が長けているところで勝負するのはありだけど、だからといって、すべてが認められるって考えるのは、トンチンカンも甚だしいですよね。でも、そう思っている方は、数字追っかけている方には多い。

釣部:我々、そういう方々の価値観もいるということを認めて、「あなたはそういう価値観なんですね」と。私は例えば違ったら、私はそういう価値観じゃないですよと。私はこういうところが優れていると思っていますので、そこを特徴として使いますと言って自己受容していれば、組織に、もしいられなくなったら、辞めればいいと…。

工藤:そう。

釣部:で、自分でそういう組織に行けばいいという、それだけの話。

工藤:自分で組織つくってもいいしね。

釣部:自分もあるところでね、数が多いと評価されるような組織もあって、そういう会議行っていると、自分が価値観を持っていないもんで、それよりもみんなが元気だったり、楽しかったりっていうとこに価値観があると、ちょっと肩身が狭くなるような思いもあったり…。

去年はちょっとそれで入院したりして。今年はそれが違うんだと…。そういう価値観の方もいるんだという理解までは行くんですけれども、やはり自分の中にも承認欲求みたいな、少しは上に行きたいなっていう思いもやはり出て…。でも、違うんだって思いながら、今自分の中ではせめぎ合っていて、そういう方が多いところに行くと、「そうだよね」って気持ちが大きくなるし、違うところ行くと、「そうじゃないよね」というところにいくっていう、ちょうど今、両方が僕の中には…。

工藤:なるほどね。

釣部:ただもう、数のゲームとか、順位のゲームは違うなという価値観は、もうできているんだけど、周りがそうだとちょっと流されそうになるっていうのがあるんですよね、まだ…。

工藤:なるほどね。まあ数を追っかけることが悪いとは、僕も全然思ってないけど、それだけが全ての価値観じゃないでしょっていうのが大事だよね。ただ、会議の類っていうのは、それが目的ですから、肩身が狭くなるのは当たり前の話であって。ね?

例えば、これ言っていいのかな? うちの家内がですね、還暦を祝って同窓会を中学校のでやったんですよ。そうしたら、ある同級生に言われて、「俺、お前のこと忘れない事件があるんだ」って言うんですよ。

「なに?」と聞いたら、本人は忘れてんのね。多少おてんばなところがあるからかもしれないんだけど、自習の時間に「はいみんな!」って言って、先生の席に立って、「これからクラスの男子の人気投票を始めます」ってやったんだって。

そこでトップになった子は鼻高々で、惜しくも二番・三番の子がいて、1票も入んない子もいるわけじゃないですか。で、ちょっと無理めな、僕この子あまり好きじゃないんだけどって女の子が、あとで「私何々くんに入れたのよ」とか言われて鳥肌が立った話とかね。

大爆笑なんだけど、60になってみたら面白い話で、14歳とか15歳のときやっていることだから、笑い話なんだけど。あれってどうなのかなって考えると、実は数字全然関係ないんですよ、人気投票って。数値化できないもので、誰が好きって投票しているわけでしょ。

だから、勉強ができる子が一番になるわけでもないし、駆けっこが速い子が一番になるわけでもないし、やはり票集める子っていうのは、女の子といつも公平に付き合っていて、良いやつが、いわゆるナイスガイがなるわけじゃないですか。

だから、そういう世界もあるわけでしょ。だから、別に数字云々っていうのは、そういうの手放した方がいいよね、なるべく早くね。

釣部:まあ、数字の奥にあるのは、認められたい承認欲求がある、誰かに。それが数字で認められるからそうなるし、それがもっと公平だったら公平だし、そこが認められればそういう人間になる。

工藤:数字って分かりやすいので、目に見えるので、だから、それさえやれば僕は認められるんだって思うでしょ。だからどうだろう、営業の世界ってどうしても軍隊っぽくなったり、縦社会で厳しくなる傾向があるんだけど、あれは明確な理由があって、数字を上げた人間がアドバンテージを取れる社会なんですよ、営業の社会ってね。

そういう人間は、数字さえ上げれば俺は認められるんだと思っている連中なんですよ。だから、それでアドバンテージを取る。要はマウンティングしにくるんで、どうしてもきつくなるんですよね。それって、あまり意味がない。嫌われるだけ。そういう人に限って、「俺は若いときに厳しくしてもらって、鍛えてもらったから今日があるんだ」って言うね。

その今日の姿って嫌われている姿なんですよ。でも、人に嫌われるような生き方をして、何か物事をつくり上げてくとか、そういうことたぶんないですよね。

釣部:はい。

できた種族が生き残っている?

 

工藤:ダーウィンの進化論でしたっけ? 強いもんが生き残るわけではないと。変化に対応できたものが生き残ってきたんだって。あれの発展形の話が、今結構話題になっていて、変化に対応できた種族が生き残るだけではないと。共生できた、共に生きることができた種族が生き残っているんだというのがね、説として面白い説が出ているんですよ。

釣部:うーん。

工藤:なるほどなと思いますよね。その解釈で考えてみると、「数字やってんだ俺は。偉いんだと。誰よりも数字叩き出しているんだ。偉らいだろ。お前ら俺の言うこと聞け!」共生できないですよね。

「ああそうですか。数字出来るんですか。じゃあ、どうぞおひとりで頑張ってください」って言われるのが関の山でしょ。誰が手伝います? そんな人間のこと。

だから、そこら辺のところを間違っていると、つらくなっていくんじゃないのかな。それは昭和の名残?私は平成世代ですけれども、いけいけどんどんの時代の流れじゃないかな。今そんなマネージメントしたら、若い子みんな会社辞めちゃいますよ。

釣部:そうですね。今のお話聞いて、僕の中ではちょっと揺れ動いてぶれていた部分が、新たに真ん中にまた。自分の方向性で間違ってないんだなと思って。

僕、出版社やっていると、「本、何冊売ってくれる?」とか、「何冊売れますかね?」って聞かれるんですけど、そこにないんですよね、価値観が…。だから、僕そう言われたら前は悩んだんですけど、今は悩まないんですよ。

「いや、私は人類に残したいと思う方の本しか出しませんので、あなたは自分の本は、自分のやってきたことが、人類に残る価値があると思っていますか?」と聞いて、「思っています」とくれば、「じゃあ出します」ですし、「思っていません」とくれば。「じゃあ、すいません。他のところに行ってください」って言う。答えがバーンと出ちゃうんで…。本で言うとその競争に乗らなくていいんです。

工藤:もう一方で、売れる本をつくりたがっている出版社も多いですのね。

釣部:多いです。どれが当たるかって考えているんです。昨日ですね、YouTuber(ユーチューバー)の番組を見ていて、誰かがユーチューバーの番組をつくって、有名なユーチューバーがチェックするという企画だったんです。

その中である方が「これはあなたが作りたい面白いものを作ってますね。そんなの関係ないんですユーチューバーには…。どれが受けるかだけなんです。あなたが作りたいものなんか、関係ありません。それを捨ててください」というアドバイスで、「そっかー」と言って引き下がっていたんですけど。

you tube ロゴ

本に例えると、「この本売れる?」。そんなのエッチな本書けば売れるんですよね。

工藤:そうですよね。

釣部:だけど、ああ、ユーチューバーの世界ってそういう世界なんだと思って…。

工藤:でも、そういう言い方をする人がいるというだけの話じゃない。つくりたいものつくって、よろしければって言っている人だって、結構多いんじゃないの?

釣部:ピコ太郎はそうじゃなかったですね。自分が楽しんでいた。

工藤:僕、音楽の世界なんで、音楽なんてみんな好きでやっている連中ばっかりですよ。「もう、ちょっと考えてくれよ」って言いたくなるぐらい。好きでやっているっていうのが、すごくありますよね。でも、それで生き残るか生き残んないか、自己責任ですよね。

釣部:それこそ、個性(タチ)がどうかという話だったり、あと、時代にマッチするとか、いろいろありますよね、タイミングもね。

工藤:ありますよね。

認められる努力と認める努力

釣部:はい。分かりました。なんか僕、個人的にすごくしっくりいきました。

工藤:いきました? しっくり。

釣部:はい。やはり悩んでいたんですよ。そうは思うけど、数も言われる、数のことで比較されるって思ったときに、結局僕を応援してくれる方は、僕はずっと評価されないわけですよ、そこで。すごく応援してくれているし、一緒にやっていても僕が評価されないと寂しいんじゃないかなと、そっちの気持ちも出てきちゃったりして。でも、あ、良いんだ。そこでその人に評価をもらう必要はない。

そうじゃないプロセスだとか、違うところが見える方々に「よくやってるね」と言われて評価されれば、それはたぶん僕も幸せだし、僕を応援してくださる方も、たぶんそれが幸せで、僕が数・数って言うなら、僕を応援してないと思うんですよね。

工藤:ああ、そうでしょうね。

釣部:数・数と言うと、数・数がいい人が、たぶん応援してくれるので、たぶん集まってくる人が変わってくると思うんですよね。だから、今僕はそういう勝負じゃないので、今の生き方でこの方向性で間違いないないんだなということがあったので。

工藤:もう少し、時間大丈夫ですか?

釣部:はい、大丈夫です。

工藤:つまりね、認められる努力をする人というのが、数字を追っかけるんですよ。数字ってわかりやすいので、これだけの数字を出したんだよというので、認めてくださいというのがあるのね。でも、人を認める努力に切り替えて生きている人というのも、一方で今結構出てきているんですけども…。

そういった人というのは、釣部さんがやっている出版社ね、後世に残るようなものをつくりたいんだってね。人類の宝となるものをつくりたいんだと。あなたの考え方とか、あなたのノウハウ・技術とかね、知識というのは後世に残すべきだという思いでやったときには、万代宝書房的にはどうか分かんないですけれども、間違いなく人を認める努力をしているわけでしょ。

釣部:はい。

工藤:だから、認められる努力と認める努力は、真逆の心の方向性なんだけれども、見ていて思うのは、数字・数字と言う人は認められたいのかな。そういうこと言わないで、本質をついて一所懸命やっている人というのもいるんだけど、こういう人は人を認める努力に切り替えてきているのかなと。

「あなた、こういうとこ素晴らしいね!」と言うというね、「僕すごいでしょ!」と言うんじゃなくて、「あなた素晴らしいですね」と言うと…。私的には認められる努力のほうが、数段楽ですけどね。だから、認める努力に切り替えていくと、そういう数合わせとか、数字の争いからちょっと離れていけるんじゃないのかなと。

釣部:はい。今日のタイトルが「認められる努力から、認める努力へ」というのが、今浮かんできてしまいました。はい。分かりました。じゃあ、一本目終わります。どうもありがとうございました。

工藤:ありがとうございます。

釣部:皆さんありがとうございました。

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